Sophists' Almanac

世界について知りたいとき

Setsuko Thurlow's Speech - 人々を動かすスピーチとは - サーロー節子さんの言葉のちから

 

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今まで、ほとんど日本の Nobel laureates (ノーベル賞受賞者) は natural science (自然科学) の分野での受賞が多く、平和賞などの分野では受賞はほとんどなかったと言われていました。でも今年は驚きでした。自然科学分野での受賞は一人もいなかったというびっくりと同時に、なんと、文学ではあの長崎県出身の日系英国人、カズオ・イシグロさんが。

 

sophist.hatenablog.com

 

そして、平和賞では、ICAN (International Campaign to Abolish Nuclear Weapons, 核兵器廃絶国際キャンペーン) で広島県出身の日系カナダ人、サーロー節子さんらが受賞台に立ちました。 

 

今日はサーロー節子さんのノーベル平和賞のスピーチを聴いてみたいと思います。彼女のスピーチは揺るぎない力強さと優しさがあり、人々の心を動かします。まさに彼女の言葉のちからが、人々の心を動かし、国連を動かし、核兵器禁止条約の採択をみちびいたのです。

 

サーロー節子 - Wikipedia

サーロー 節子(Setsuko Thurlow193213 - )は、広島県広島市南区出身でカナダのトロント市在住の被爆者、反核運動家。

 

中村節子として、広島市南区で生まれた。父はドイツ人の共同経営者とともにアメリカ合衆国(米国)カリフォルニア州で「西部フルーツ会社」を起業し果実業を営んでいた。

 

広島女学院(現広島女学院中学校・高等学校)に進学、のち学徒勤労動員され大日本帝国陸軍2総軍司令部で暗号解読作業の訓練を受けた。正規の暗号解読助手になって最初の日である194586日、広島市への原子爆弾投下により爆心地から1.8㎞離れた同司令部で被爆、建物の下敷きになったが九死に一生を得た。このとき8人の親族や多くの同窓生を失った。

 

広島女学院大学卒業後、1954年米国に留学、リンチバーグ大学で1年間社会学を学んだ。1955年、ワシントンD.C.でカナダ出身の関西学院の英語教師と結婚。夫婦でトロントに移住し、トロント大学社会福祉事業の修士号を取得、ソーシャルワーカーになった。

 

当地の友人らとともに、広島・長崎の被爆写真パネルの展示など世論を喚起する活動を始め、のちカナダ・米国・イギリス・日本などで、被爆体験を語り核兵器廃絶を訴えてきた。核兵器禁止条約採択に際して、多くの国の代表が彼女の演説によって心を動かされたと述べており、中には彼女が特別な役割を果たしてきたと発言する者もあった。

 

201712月のノーベル平和賞授賞式では、ICAN核兵器廃絶国際キャンペーン)事務局長のベアトリス・フィンとともに記念のメダルと賞状を受け取り、受賞講演を行った。

 

でも、この ICAN が長年取り組んできた国連での核兵器禁止条約ですが、広島長崎の二度の原爆の苦しみを味わったこの国の安倍政権は、この核兵器禁止条約に「反対」し続けてきたのです。国連の現場では核兵器禁止条約は圧倒的多数の賛成で採択されたものの、日本は数少ない「核兵器禁止条約に反対」の国だったのです。ふるさとの日本をサーロー節子さんはどんな思いで見ていたでしょうか。

 

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核兵器禁止条約 決議案が国連の委員会で採択 日本は反対

NHK Web News

2016年10281018

 核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指す決議案が国連総会の委員会で採決にかけられ、123か国の賛成多数で採択されましたが、アメリカなどの核兵器保有国に加え、アメリカの核の傘に守られ、段階的な核軍縮を主張している日本も反対に回りました。

 この決議はオーストリアなど核兵器保有しない50か国以上が共同で提案したもので、核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指して、来年3月からニューヨークで交渉を始めるとしています。


決議案は、27日夕方(日本時間28日朝)、ニューヨークで開かれている国連総会の第1委員会で採決にかけられ、賛成123、反対38、棄権16の、賛成多数で採択されました。

採決では、核兵器保有国のうちアメリカやロシアなどが反対したのに対し、中国やインドは棄権して対応が分かれました。

また、唯一の戦争被爆国として核兵器の廃絶を訴えながら、アメリカの核の傘に守られている日本は、核軍縮は核保有国と非保有国が協力して段階的に進めるべきだとして、反対に回りました。

決議の採択を受けて、オーストリアのクグリッツ軍縮大使は「核兵器の法的禁止に努力してきた国々や市民社会の勝利だ。長年にわたって核兵器の非人道性を訴える活動を続けてきた成果だ」と意義を強調しました。
今回の決議がことし12月に国連総会の本会議でも採択されれば、来年3月から核兵器禁止条約の制定に向けた交渉が始まることになり、世界の核軍縮の流れにどのような影響を及ぼすのか、注目されます。

 

日本 立場反映されなかったことが反対の理由

 

 日本の佐野軍縮大使は、核兵器を禁止する条約の制定を目指す決議に反対したことについて、「核軍縮を実効的に進めるには、核保有国と非保有国の協力がなければならない。国際社会の総意で進められるべきだと強く求めたが、受け入れられなかった」と述べ、決議案に日本の立場が反映されなかったことを反対の理由に挙げました。


一方、日本が23年で連続して提出してきた、核廃絶を呼びかける決議について、ことしは、去年を上回る167か国が賛成し、去年反対したアメリカが共同提案国にもなったとして、「核軍縮を現実的に実践的に進めるという日本の考え方が幅広く支持された結果だ」と述べ、その意義を強調しました。

 

被爆者の訴えで非人道的という認識広がった」

 核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指す決議が採択されたことについて、主導的な役割を果たしたオーストリアのクグリッツ軍縮大使は「核兵器の被害の実態を知る被爆者が訴えてきたことで、核兵器が非人道的だという認識が国際社会の中で広がった」として、この間、広島や長崎の被爆者が果たした役割が大きかったという認識を示しました。

 そのうえで、来年3月から始まる核兵器禁止条約の制定に向けた交渉について「交渉は今回の決議に賛成しなかった国にも開かれている。核保有国や核の傘の下にある国にも核兵器禁止条約に関わるよう促していきたい」と述べ、日本も含め決議に反対した国々にも交渉への参加を呼びかけました。 


国際NGO 日本の反対に憤り

国際NGO、ICAN(アイキャン)の核兵器廃絶国際キャンペーンの川崎哲国際運営委員は、今回の決議案に日本政府が反対したことについて、「驚くとともに憤りを感じている。日本は核のない世界を目指すという目標を掲げておきながら、核兵器禁止条約の交渉を拒否した。日本政府はこれまで核兵器を持つ国と持たない国の橋渡しをすると言ってきたが、今回反対したことで、完全に軸足を核保有国側に移したと言える。国内でも理解されるとは思えないし、強く抗議をしていきたい」と述べました。
また、今後の核兵器禁止条約制定を目指す交渉について、「早く交渉が進み、核兵器の禁止が国際法になるよう働きかけていきたい」としたうえで、「日本政府にも考え方を改めて、交渉に参加してもらいたい」と述べました。

 また、ICANの核兵器廃絶国際キャンペーンのベアトリス・フィン事務局長は、核兵器禁止条約の制定を目指す決議案が採択されたことについて、「歴史的なことで非常にうれしく感じている。核兵器をなくすための交渉がほとんど進まなかった20年がようやく終わることになり、国連にとっても極めて重要な瞬間だったと思う。多くの国が、反対を求める核保有国からの圧力を受けながら、賛成してくれた」と述べ、意義を強調しました。
そして、「核兵器による被害を最もよく知る被爆者の声が、決議の採択に至る過程でも非常に重要だったし、今後の交渉の過程でも重要になってくる」と述べ、広島や長崎の被爆者が条約の制定に向け重要な役割を果たすという認識を示しました。
その一方で、日本政府がアメリカなどに同調して決議に反対したことについては「非常に落胆させられた」と述べ、強い失望感を示しました。 


世界の核軍縮停滞への不満と危機感が背景に

 核兵器禁止条約をめぐる議論の背景には、世界の核軍縮が既存の国際法の枠組みの下で停滞していることへの各国の強い不満と危機感があり、核兵器の非人道性に焦点を当てて核兵器そのものの違法性を明確にすべきという、国際世論の高まりがありました。
これまで世界の核軍縮の枠組みとしては、核兵器保有国と非保有国にそれぞれ異なった義務を課し、核兵器の廃絶を目指すNPT=核拡散防止条約がありましたが、段階的な核軍縮を主張する核保有国と速やかな廃絶を訴える非保有国の対立から交渉は停滞し、去年開かれた5年に1度の再検討会議でも議論が紛糾しました。
また、核実験を禁止するCTBT=包括的核実験禁止条約も、国連総会で採択されてから20年が経過したにもかかわらず、アメリカや中国が批准していないことから、いまだに発効していません。
今回の決議がことし12月に国連総会の本会議でも採択されれば、来年3月から核兵器禁止条約の制定に向けた交渉が始まります。しかし、アメリカなどは核抑止力に依存する世界の安全保障の現実を考慮せずに核軍縮は進められないとして決議に強く反対しており、条約の制定までには多くの曲折が予想されます。
日本は、アメリカの核の傘に守られている立場から核兵器の即時禁止に慎重な立場をとっていますが、広島や長崎の被爆者などは禁止条約の制定に強い期待を寄せています。

 

 官房副長官「わが国の基本的考えと合致しない」

 萩生田官房副長官は閣議のあとの記者会見で、「慎重な検討を重ねた結果、反対票を投じた。北朝鮮などの核、ミサイル開発への深刻化などに直面している中で、決議は、いたずらに核兵器国と非核兵器国の間の対立を一層助長するだけであり、具体的、実践的措置を積み重ね、核兵器のない世界を目指すというわが国の基本的考えと合致しないと判断した」と述べました。
一方、萩生田官房副長官は、日本が提出した核廃絶を呼びかける決議に、ことしは、去年を上回る167か国が賛成し、去年反対したアメリカが共同提案国になったことについて「わが国決議こそが、核兵器国と非核兵器国双方が、ともに目指すべき核兵器のない世界の道筋を示していることを表している」と述べました。

 

サーロー節子さん「核廃絶に向けた第一歩」

 核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指す決議が採択されたことについて、国連などの国際会議で核兵器廃絶を訴えてきた広島市出身の被爆者、サーロー節子さんは、「NGOなどと協力しながら、何年もかかってようやくここまできた。核廃絶に向けた第一歩になった」と評価しました。
そのうえで、「核兵器禁止条約という目標が定まったので、今後の交渉に向けても核兵器がどれほど危険か被爆者として訴え、条約が早く制定されるよう促していきたい」と述べ、各国への働きかけを続けていく姿勢を示しました。

 

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ともかく、心を動かす言葉と言うものは、

どんな言葉なんだろう

 

youtu.be

 

Delegates, NGO colleagues, dear friends, I never thought I would see this moment. I would like to share my gratitude for the exceptional work and dedication of everyone who has put their brains and their hearts into these treaty negotiations.

 

I am grateful to you Madame President for your leadership and the UN Secretariat, the delegations and NGOs, devoted to moving us ever closer to the goal of the total elimination of nuclear weapons.

 

As we gather in our celebration of this extraordinary achievement, let us pause for a moment to feel the witness of those who perished in Hiroshima and Nagasaki. Both at that time in August of 1945, and over these 72 years, 100,000 of people, each person who died had a name. Each person was loved by someone.

 

I’ve been waiting for this day for 7 decades. And I am overjoyed that it has finally arrived. This is a beginning of the end of nuclear weapons. I remember back in 2014 when many of us met in Nayarit, Mexico. The conference chair said, “this is a point of no return”.

 

We will not return to the failed nuclear deterrence policies.
We will not return to funding nuclear violence instead of human needs.
We will not return to irreversibly contaminating our environment.
We will not continue to risk the life of future generations.

 

To the leaders of the countries across the world, I bessecch you, if you love this planet, you will sign this treaty. Nuclear weapons has always been immoral. Now they are also illegal. Together let us go forth and change the world.

 

それでは、とにかく、この感動的なスピーチを聴いてみよう。

 

 

youtu.be

 

The International Campaign to Abolish Nuclear Weapons (ICAN) received the Nobel Peace Prize on December 10, 2017.

Your Majesties,
Distinguished members of the Norwegian Nobel Committee,
My fellow campaigners, here and throughout the world,
Ladies and gentlemen, 

 

It is a great privilege to accept this award, together with Beatrice, on behalf of all the remarkable human beings who form the ICAN movement. You each give me such tremendous hope that we can – and will – bring the era of nuclear weapons to an end.

 

I speak as a member of the family of hibakusha – those of us who, by some miraculous chance, survived the atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki. For more than seven decades, we have worked for the total abolition of nuclear weapons.

 

We have stood in solidarity with those harmed by the production and testing of these horrific weapons around the world. People from places with long-forgotten names, like Moruroa, Ekker, Semipalatinsk, Maralinga, Bikini. People whose lands and seas were irradiated, whose bodies were experimented upon, whose cultures were forever disrupted.

 

We were not content to be victims. We refused to wait for an immediate fiery end or the slow poisoning of our world. We refused to sit idly in terror as the so-called great powers took us past nuclear dusk and brought us recklessly close to nuclear midnight. We rose up. We shared our stories of survival. We said: humanity and nuclear weapons cannot coexist.

 

Today, I want you to feel in this hall the presence of all those who perished in Hiroshima and Nagasaki. I want you to feel, above and around us, a great cloud of a quarter million souls. Each person had a name. Each person was loved by someone. Let us ensure that their deaths were not in vain.

 

I was just 13 years old when the United States dropped the first atomic bomb, on my city Hiroshima. I still vividly remember that morning. At 8:15, I saw a blinding bluish-white flash from the window. I remember having the sensation of floating in the air.

As I regained consciousness in the silence and darkness, I found myself pinned by the collapsed building. I began to hear my classmates’ faint cries: “Mother, help me. God, help me.”

 

Then, suddenly, I felt hands touching my left shoulder, and heard a man saying: “Don’t give up! Keep pushing! I am trying to free you. See the light coming through that opening? Crawl towards it as quickly as you can.” As I crawled out, the ruins were on fire. Most of my classmates in that building were burned to death alive. I saw all around me utter, unimaginable devastation.

 

Processions of ghostly figures shuffled by. Grotesquely wounded people, they were bleeding, burnt, blackened and swollen. Parts of their bodies were missing. Flesh and skin hung from their bones. Some with their eyeballs hanging in their hands. Some with their bellies burst open, their intestines hanging out. The foul stench of burnt human flesh filled the air.

 

Thus, with one bomb my beloved city was obliterated. Most of its residents were civilians who were incinerated, vaporized, carbonized – among them, members of my own family and 351 of my schoolmates.

 

In the weeks, months and years that followed, many thousands more would die, often in random and mysterious ways, from the delayed effects of radiation. Still to this day, radiation is killing survivors.

 

Whenever I remember Hiroshima, the first image that comes to mind is of my four-year-old nephew, Eiji – his little body transformed into an unrecognizable melted chunk of flesh. He kept begging for water in a faint voice until his death released him from agony.

 

To me, he came to represent all the innocent children of the world, threatened as they are at this very moment by nuclear weapons. Every second of every day, nuclear weapons endanger everyone we love and everything we hold dear. We must not tolerate this insanity any longer.

 

Through our agony and the sheer struggle to survive – and to rebuild our lives from the ashes – we hibakusha became convinced that we must warn the world about these apocalyptic weapons. Time and again, we shared our testimonies.

 

But still some refused to see Hiroshima and Nagasaki as atrocities – as war crimes. They accepted the propaganda that these were “good bombs” that had ended a “just war”. It was this myth that led to the disastrous nuclear arms race – a race that continues to this day.

 

Nine nations still threaten to incinerate entire cities, to destroy life on earth, to make our beautiful world uninhabitable for future generations. The development of nuclear weapons signifies not a country’s elevation to greatness, but its descent to the darkest depths of depravity. These weapons are not a necessary evil; they are the ultimate evil.

 

On the seventh of July this year, I was overwhelmed with joy when a great majority of the world’s nations voted to adopt the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons. Having witnessed humanity at its worst, I witnessed, that day, humanity at its best. We hibakusha had been waiting for the ban for seventy-two years. Let this be the beginning of the end of nuclear weapons.

 

All responsible leaders will sign this treaty. And history will judge harshly those who reject it. No longer shall their abstract theories mask the genocidal reality of their practices. No longer shall “deterrence” be viewed as anything but a deterrent to disarmament. No longer shall we live under a mushroom cloud of fear.

 

To the officials of nuclear-armed nations – and to their accomplices under the so-called “nuclear umbrella” – I say this: Listen to our testimony. Heed our warning. And know that your actions are consequential. You are each an integral part of a system of violence that is endangering humankind. Let us all be alert to the banality of evil.

 

To every president and prime minister of every nation of the world, I beseech you: Join this treaty; forever eradicate the threat of nuclear annihilation.

 

When I was a 13-year-old girl, trapped in the smouldering rubble, I kept pushing. I kept moving toward the light. And I survived. Our light now is the ban treaty. To all in this hall and all listening around the world, I repeat those words that I heard called to me in the ruins of Hiroshima: “Don’t give up! Keep pushing! See the light? Crawl towards it.”

 

Tonight, as we march through the streets of Oslo with torches aflame, let us follow each other out of the dark night of nuclear terror. No matter what obstacles we face, we will keep moving and keep pushing and keep sharing this light with others. This is our passion and commitment for our one precious world to survive.