Sophists' Almanac

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日本版「否定と肯定」- 法廷でたたかわれた南京事件否定論 - 歴史修正主義と夏淑琴裁判

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先月から日本で公開されている映画 Denial 『否定と肯定』が話題になっています。

 

youtu.be

 

それは、歴史修正主義の極右に訴えられた、一人のユダヤ人歴史研究者の女性の実話でした。

 

sophist.hatenablog.com

 

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この映画をみると、ホロコーストを否定する人たちがいるなんて、と驚くかもしれません。

 

しかし、じつは今、日本でも同じような「歴史修正主義」(Historical Revisionism) というものが吹き荒れています。そしてそれは私たちが知らない間に、今の日本の時代の空気ともなっているのではないでしょうか。

 

例えば、昨日、Bataan Death March 「バターン死の行進」をネットで検索してみて驚いたよ。もう Youtube では歴史修正主義の動画ばかり、Wikipedia の日本版のほうは、なんども書き換えバトルが展開されている模様。これについては、また別件で書こうね。ましてや、従軍慰安婦問題や、南京大虐殺や、沖縄戦などでは、どうなのか。

 

この映画を見ることで、私たちのみじかにある日本の歴史修正主義も客観的に見れるかもしれませんね。

 

日本版「否定と肯定」裁判で問われた南京事件

(加藤直樹) (アジアプレス・ネットワーク) - Yahoo!ニュース

 

◆厳しく退けられた「証言否定」

昨年12月から公開中の『否定と肯定』というイギリス映画が話題を呼んでいる。ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺、いわゆる「ホロコースト」について研究するアメリカの歴史学者デボラ・E・リップシュタットが、虐殺の史実を否定するイギリスの学者デイヴィッド・アーヴィングについて「史実を歪曲し、文書を改ざんし…データに間違った解釈を施す男」と痛烈に批判したことで、アーヴィングに名誉棄損で訴えられるというストーリー。実話である。

イギリスでは、名誉棄損の裁判において立証責任は被告側にある。リップシュタットと弁護士たちは、アーヴィングが差別主義者であり、史実を歪曲していることを法廷で証明しなければならなくなった。『否定と肯定』は、スリリングな法廷劇を通じて、負の歴史に向き合うことの意味を問いかけてくる。

 

ところで、この映画を地で行くような裁判が、日本でも行なわれたことをご存知だろうか。「夏淑琴裁判」である。ただし、名誉棄損をめぐる構図は逆だ。

 

裁判の原告となったのは中国人女性の夏淑琴さん。彼女は日中戦争時の1937年12月、日本軍が当時の中国の首都・南京とその周辺で多くの捕虜や民間人を虐殺した「南京事件」の生き証人だ。当時8歳だった彼女は、同居していた家族のうち7人を、自宅を襲った日本兵に虐殺され、自らも銃剣で突き刺された。その証言は当時、アメリカ人宣教師が残した記録にも裏付けられている。彼女は、そのつらい経験を人々の前で語ってきた。

 

ところが、「南京虐殺はなかった」と主張する東中野修道亜細亜大学教授が、その著作の中で、宣教師の記録を翻訳し、検証した結果として、記録に登場する少女と夏さんは別人だと主張したのである。つまり夏さんはニセの被害者だというわけだ。これは、家族を目の前で殺された夏さんにとっては耐え難いことであった。彼女は2006年5月、東中野教授とその著作の出版社を名誉棄損で訴える。

 

 

裁判の大きな争点は、東中野教授の「検証」に果たして真実性があるのか否かであった。原告側、つまり夏淑琴さん側は、東中野教授の立論の破たんを明らかにしなければならなかった。彼らは東中野教授の翻訳に注目する。キーワードとなったのは宣教師の記録に出てくる「bayonet」という単語だ。この言葉には、銃剣で「突き刺す」と「刺し殺す」の二つの意味がある。原告側は、この「bayonet」から始まって、東中野教授の翻訳の不自然さや矛盾を明らかにしていったのである。 詳しくはこの裁判などについて報告した『南京大虐殺と「百人斬り競争」の全貌』(金曜日刊、09年)を読んでいただければと思う。

 

07年11月2日、判決の日を迎えた東京地裁前には、南京虐殺はなかった」と主張する人々が集まり、裁判所に入っていく夏さんに詰め寄って「ウソつき中国人、夏淑琴!」「いつまで稼ぐんだ!」「日本人に謝れ!」と罵声を浴びせたそうである。映画『否定と肯定』でも、入廷するリップシュタットに「薄汚いユダヤめ!」と罵声を浴びせるネオナチの男が出てきたのを思い出す。

 

だが判決は、夏淑琴さんの勝利となった。東京地裁東中野教授と出版社に400万円の支払いを命じ、判決文では「(被告の)指摘は真実ではなく、原告の名誉を著しく毀損した」「被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しない」とまで厳しく指摘したのであった。裁判はその後、最高裁まで続けられたが、09年2月に東中野教授の上告が棄却され、原告側勝訴の判決が確定している。判決を受けて夏さんは、「勝訴できてうれしい。私をニセ被害者と決めつけることは、南京大虐殺の被害者全員を否定し、歴史を否定することにつながる」と語った。

 

映画『否定と肯定』のパンフには、リップシュタットのインタビューが掲載されている。彼女はそこで、語られるものには「事実」と「見解」と「嘘」の三つがあると語る。確定した歴史の事実を否定する人々は「嘘」を「見解」や「事実」に見せかけて発表しているのだという。日本にも、負の歴史を否定するために事実ではないことを書く人々がいる。「日本の歴史に汚点なんてない」という囁きは耳に心地いいが、それに惹かれて社会の認識が外国では通じない「嘘」の上に成り立つようになれば、国全体が道を誤ることになる。では「嘘」をどう見分けるか。リップシュタットは「健康的な疑念を持つことだ」と言うが、学者ではない私たちには、なかなか難しい。

 

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加藤直樹(かとう・なおき)
1967年東京都生まれ。出版社勤務を経て現在、編集者、ノンフィクション作家。『九月、東京の路上で~1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)が話題に。近著に『謀叛の児 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)。

 

こうした歴史修正主義の嘘は、今やネットて「見解」や「事実」にみせかけて大量に拡散されています。「学者ではない私たちには、(嘘を見分けるのは) なかなか難しい」とありますが、じつは、歴史修正主義には、明確で単純なパターンが存在します。

 

 

幾つかあるのですが、まず簡単な話は、

だれが語っているのか、という情報の発信源をチェックすることが大切です。

 

まず、youtube で発信している情報をそのまま真実とみなすべきでない、ということです。特に特徴としてわかりやすいのは、極右や歴史修正主義は、最初に研究書や学術書などや歴史書をメディアとして広がるわけではありません。まず、多くの場合、極右の情報は最初に文字ではなく、動画を中心として SNS で広く拡散していきます。そして後から本が作られます。

 

だからまず私たちは、ちゃんと文字ベースで歴史を学ぶ。フェイクニュース歴史修正主義には普遍的なパターンがあり、あやしい情報源から発信された情報に関しては簡単に信じないという予防策をとることも必要です。

 

それから感情に流されないことも大切です。世界を理性的に見る。

 

否定 (denial) というのは心理学的にいえば、選択なんですね。事実を受け入れたくない。例えばこんな場合です。

 

あるネット投稿

南京大虐殺の被害者、夏淑琴(か・しゅくきん)さんは、なぜ名誉棄損の裁判で勝訴したのですか?

南京大虐殺の際、ある日本兵夏淑琴さんの家に侵入し、彼女の姉妹を守ろうとした祖母を撃ち殺し、その祖母を助けようとした祖父を撃ち殺し・・・・

その無残な惨劇に大騒ぎした三人姉妹の三女である夏淑琴さんを刀で差して負傷させたのち、泣きじゃくる長女と次女に対してはそれぞれ強姦した後に殺害し、そのあと隣の家にはいり、子供二人を刺し殺し、そのうちの一人は、頭部を切り裂いて殺害したということが事実としてあるようですが、私はどうしても信じられません・・・・

ねつ造とさえ言われる南京大虐殺事件ですが、本当にそんなこと日本人はしたのでしょうか?

信じたくありませんが、この夏淑琴を否定した日本の作家かなにかが、名誉棄損で訴えられて最高裁で敗訴、賠償金支払を命じられたということですから、この惨劇は事実ということなんでしょうか?

 

まず、歴史修正論は、「信じられない、日本人がこんなことをするわけがない」という不安で混乱した心に、気持ちのいい答えを与えてくれます。「日本人はこんなことはやっていない」「やったのは日本人でなく〇〇だ」「これは〇〇の陰謀だ」とか。

 

「信じられない、〇〇 がこんなことをするわけがない」

 

実は「否定」というのは心理学用語なのです。悲惨で非道な事実を認めたくない、受け入れることができない、人間の心の機能を表す言葉です。

 

そうした人間の不安な心に、歴史修正主義はいとも簡単に忍び込んできます。不安な心をなだめ、人間の歴史の真実を歪めるための怒りと武器を与えます。

 

 

非道な行いに対して、こんな感情的な反応を持つのは人間として当然だと思います。しかし、また、信じられないようなことを平気でやってしまうのもまた人間の歴史なのです。

 

そして、その事実に直面しなければ、人間というものを理解できるわけもなく、そして人類の歴史は理解できるわけもない。戦争も殺戮も犯罪も、ぜんぶ人間の歴史です。

 

耳障りのいい情報を伝える番組や youtuber に気をつけるという事が大切かもしれません。

 

ともかく、日本の歴史だけが特別に優れて素晴らしいなんてことがあるわけもなく。世界中の歴史を学ぶことで、やっと日本の歴史が見えてくる。安易な答えに飛びつかない。そんなクリティカルな意識とグローバルな視野をもって歴史を学んでいきたいですね。