Sophist Almanac

世界について知りたいとき

ミャンマーの難民キャンプ ① 難民キャンプの子どもたち 「今、ビルマに本当に必要なのは教育です」

f:id:classlovesophia:20190724105108p:plain

 

  

f:id:classlovesophia:20190726052931p:plain

ビルマ難民の監督ココラットさんの映画『ピュア』。

 

 

ビルマ難民キャンプのドキュメンタリー映像。キャンプの学校教育を中心に、難民の暮らしを取材。明るく元気な小学生、将来を考えはじめる中学生、世界が見えてくる高校生。ピュアな子どもたちの姿にカメラが向き合いました。2010年6月12日、上映開始。

 

youtu.be

 

この時、じつはココラットさんと一緒に難民キャンプに同行していたので、いま見て、とても懐かしく感じます。最初のシーンにちらっと出てくる、あのガタガタのジャングルの道。最初のころはとってもたいへんな悪路で、車に乗っていても頭をいっぱい打ちつけたものでした。後年は道路がずいぶんよくなったような気がします。

 

一つ一つ思い出しながら、時間のある時にブログ書いていこうと思います。

 

やっと到着した学校。校長先生のご挨拶。

f:id:classlovesophia:20190726040051p:plain

 

初めて難民キャンプを訪れた時の、支援物資以外の個人的な子どもたちへのお土産は、大量の風船でした。もちろん食べ物や筆記用具も必要だけど、なぜか風船を大量に買うことを思いついたの。夢を届けたいと思った。

f:id:classlovesophia:20190726040207p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726040358p:plain

 

上にある高床式の建物は職員室、だったっけ・・・。左側には教室が連なります。子どもたち元気いっぱいの放課後です。

f:id:classlovesophia:20190726040430p:plain

 

この時はまだノートも少しは余裕ありましたが、支援の少なくなってきた現在、難民キャンプの子どもたちが使える学用品はどんどん少なくなってしまいました。日本でありあまって破棄されていく物資がうまく難民キャンプに届けれないだろうかといつも思います。

f:id:classlovesophia:20190726040639p:plain

 

夜からは歓迎会。カレンの民族衣装がとても素敵ですね。頬には白い粉を塗ります。タナカという白い粉。日焼け止めにもなるそうです。

f:id:classlovesophia:20190726040803p:plain

 

酷い政治的な弾圧から難民キャンプに逃れてきたカレンの人々。子どもたちにもカレンの踊りや衣装を伝えます。カレンの踊りは本当にかっこいい !

f:id:classlovesophia:20190726040920p:plain

 

カレン族の伝統的な踊りを披露。ジャングルにオレンジ色の太陽が沈んでも、月明かりだけで、夜も続いていきます。とっても幻想的です。

f:id:classlovesophia:20190726041353p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726041443p:plain

 

ここが難民キャンプであることもすっかり忘れるほど、谷間にひびくバンブーダンスのリズムに夢中になる。

f:id:classlovesophia:20190726041508p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726041539p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726041640p:plain

 

日本から持ってきたお米でおにぎりをつくり、寄宿舎学校の子どもたちと一緒に夕ご飯。お肉は大変な贅沢品です。

f:id:classlovesophia:20190726041727p:plain

 

校長先生は女性のひと。とっても優しくて声がハスキーでかっこよすぎる。民族を弾圧する軍隊に抵抗し、ジャングルでレジスタンスをしていたソルジャーでもありました。

f:id:classlovesophia:20190726042115p:plain

 

これがいつも泊まるところ。暑さや湿気やヘビや害虫から人を守る設計です。このバンブーでできたおうちが、二月の乾季にはとーっても気持ちいい。でも雨季は大変だろうなあと思います。

f:id:classlovesophia:20190726042207p:plain

 

柱以外は、ぜんぶ竹を割ってできています。最初は廊下を歩くのが怖いけど、一日で慣れます。

f:id:classlovesophia:20190726042550p:plain

 

学校の校舎も、もちろん坑上家屋。高床式の竹の床や壁、そして、木の葉をふいた屋根でできています。

f:id:classlovesophia:20190726042740p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726042841p:plain

 

教室の風景。高校生が下級生を指導します。みんなやさしい。

f:id:classlovesophia:20190726043128p:plain

 

難民キャンプではみんながみんなを助け合ってます。赤ちゃんを小学生が、小学生を中学生が、中学生を高校生が、そして卒業生がみんなで助け合っていて、何が必要なのか語るより先にさっと助けの手を差し伸べます。

 

この時も、何も言わなくても高校生たちが風船のための棒をたくさん竹で作ってくれました。

f:id:classlovesophia:20190726043345p:plain

 

卒業式です。竹の床も傷み、木の葉の屋根も穴だらけの坑上家屋の学舎に、みんながいっせいに集まります。床、大丈夫かなって心配になるけど、竹って、こんなに丈夫な資源だったんですね。

f:id:classlovesophia:20190726044010p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726044300p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726044412p:plain

 

f:id:classlovesophia:20190726044519p:plain

 

上級生の子たちかお歌や踊りを披露します。

竹の床が割れていたり、隙間があいていたりしても、子供たちはおかまいなしで元気いっぱい走り回ります。怪我をしないか、心配になります。葉っぱの屋根も、雨期までには、葺き替えが必要です。

f:id:classlovesophia:20190726044554p:plain

 

 

なぜ、人々は難民として国外に逃げなければならなかったのでしょうか。

 

ココラットさんが代表を務める SCDB のブログに、素晴らしい説明が乗っていますので、ここに引用したいと思います。

 

本当のビルマ SCDB

ビルマには、仏教徒が89%、キリスト教徒が4%、イスラム教徒が4%、そして、その他の宗教信者もいます。私は仏教徒ですが、子どもの頃からの友人には、キリスト教徒もイスラム教徒もヒンズー教徒もユダヤ教徒もいます。このようなビルマについて、とても残念なニュースを、2012年6月から耳にするようになりました。仏教徒イスラム教徒がいがみ合っているというニュースです。でも、私はこのニュースを信じていません。これは、現ビルマの独裁者が仕組んだことだと思います。ビルマでは、これまで、政府が大きな間違いを犯した後と、悪事を行う前とに、いつでも、独裁者によって宗教に関連した問題が起こされてきました。

 

例えば、1988年8月の大規模な民主化運動の発端となる、政府による学生の殺害事件がラングーンで起きたあと、他の町で仏教徒イスラム教徒の抗争がありました。これは、当時の独裁者ネウィン将軍が、国民の目を学生と機動隊の衝突からそらすために起こした問題です。

ラカン州で起きた暴動の様子

 

2012年6月アラカン州でのアラカン民族とロヒンギャとの衝突は、本来、穏便に対処されるべき問題でしたが、政府が故意に事を荒立てました。ちょうど、テインセイン大統領が中国とのダム開発を休止すると公言したあとで、ビルマ国内の民主化活動家たちがアラカン州から中国への天然ガスパイプラインの開発中止を求めるキャンペーンを始めていました。政府にとって目障りなこのキャンペーンから国民の目をそらすために、アラカン州内に起きていた問題を大きくしたのです。

 

また、2013年3月20日には、ビルマ中部のメイッティーラで、仏教徒イスラム教徒との間に問題が生じました。これも、もともとはその日のうちに収まる問題でしたが、政府が仕向けて、翌日にはメイッティーラの町が混乱しました。イスラム教のモスクや信者の家、仏教徒の家が、焼かれたり、破壊されたりしました。この町で100人をこえる人々が亡くなりました。

 

こうした暴力行為を行ったのは、メイッティーラの人々ではなくて、他の場所からトラックの荷台に乗って武器を携えてやって来た人々でした。この人たちが来る前には、町中の電気が止められ、電話もつながらなくなっていました。皆、手首に同じ色のマークをつけた人たちで、なかには僧衣を着た、偽の僧侶もたくさんいました。メイッティーラの暴動の後、同じような集団が、他の14の町でもモスクを焼くなどの惨事を引き起こして、仏教徒イスラム教徒の溝が深まるようにしました。なぜでしょうか。2013年3月14日に、前軍政の独裁者タンシュエさんの孫、ポーラピェさんが事件をおこしていたからです。

 

独裁者タンシュエさんは、新興都市ネピドーを建設して遷都した後、引退宣言もなく前線から退いて、近況がまったく知れませんでした。ところが、3月の孫の事件で久しぶりにマスコミに騒がれて、国民の興味の的になりました。


f:id:classlovesophia:20190726051415p:plain

タンシュエ前上級大将(右の矢印)の外国訪問に同行する孫ポーラピェさん(左の矢印)

 

2013年3月14日、ポーラピェさんは運転中、赤信号の交差点で止まったときに、交通整理の巡査に信号を青に変えるよう命じました。巡査は信号を青に変えましたが、ポーラピェさんが通過しようとした時には、もう黄色になっていました。ポーラピェさんは信号でUターンして巡査を殴り、帰宅時にひとりの少佐に命じてこの巡査を自宅まで連行させ、拷問しました。巡査は解放された後、雑誌記者にこの事件を話してニュースにしました。マスコミは政府に、タンシュエ前上級大将が未だに実権を握っているのかなど、質問をしました。そこで、この面倒から国民の目をそらすために、メイッティーラの事件に白羽の矢が立てられたのです。

 

今このニュースは、みなさんもご存知のとおり、宗教抗争として大きく扱われています。ポーラピェさんとタンシュエさんについてのニュースは、潮が引くように聞かれなくなりました。

 

このように独裁者が民族問題や宗教問題をつくりだすことを、ビルマ民主化活動をしてきた人たちは、よく解っています。こうして引き起こされた大惨事は、もともと民族問題でも宗教問題でもありません。ビルマでは、宗教が異なっていても、民族が異なっていても、人々は友人関係にある隣人です。


ただ、ビルマでは政治が悪いので、国民は教育の機会を絶たれてきました。とくに辺境地では、初等教育でさえ満足に受けられません。独裁者や軍政幹部は、こうした教育されていない民衆を煽る方法をよく心得ています。国民が、心を落ち着けて判断することができなくなるような、騒動や暴力で、国を混乱させる方法に長けています。

ですから、今、ビルマに本当に必要なのは教育です。

2013年4月10日 ココラット

 

支援のお問い合わせは、メラウーキャンプ教育支援の会まで

代表:小武正教  odake@orange.ocn.ne.jp
名古屋支部 info@scdb.org(SCDB)

 

ココラットさんのいうように、どこの地域そうなのですが、多様な民族が共存していた場所に植民地の政治経済政策が導入されるとき、そこで利用されるのは多くの場合、民族間の差異でした。

 

現在ますますひどくなっているロヒンギャ難民の弾圧は、多く宗教的対立のように報道されているのだけど、そうではなくて、その背後にある政治的な権力構造をちゃんと見なければならないということです。

 

民族主義を民主主義と勘違いしないために、私たちも学ぶことがいっぱいあります。民主主義って何なのか、なかなか時間が取れないのですが、ちょっとづつでも時間を見つけて、このシリーズ続けていきたいと思います。

 

次は難民キャンプの住居地域について書きますね。いつになるやら。