Sophist Almanac

世界について知りたいとき

1749年7月20日 稲生もののけ物語 ~ 「浅黄小紋のかたびらに、くろおの帯」の女がやってくる

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「芸州武太夫物語絵巻」(立花家史料館蔵).

 

稲生もののけ物語、『稲生物怪録』(いのうぶっかいろく)は、江戸中期、寛延2年(1749年)の備後三次(現在の広島県三次市)のひとりの少年が経験した一か月にわたる物の怪との出会いをまとめた記録。稲生武太夫(幼名・平太郎)が体験したという、妖怪にまつわる怪異をとりまとめた記録。これ好きなんだわ。

 

1749年7月20日の物の怪

十六、七歳くらいの美女、浅黄小紋のかたびらに、くろおの帯をしめ

かなり「もののけ」にとりつかれたことで評判になっている平太郎の家に、突然、みめうるわしい若い女性がやってくる。「浅黄小紋のかたびらに、くろおの帯」など、現代の感覚から言っても、とてもおしゃれじゃないだろうか。平太郎が十六歳くらいなので、同じかちょっと上ぐらいの年齢の女性だから、よけいに平太郎は気になって仕方なかったはずよ。だれか現代風に描いてくれたらいいのだけど。

 

現代語訳してみました。

さて二十日、十二時ごろ、女の声で「ものも」という声。

 

「さて、この頃、女がやってくるとは不思議だなあ。女はともかく臆病なものなので、男にしても、(今どき) うちの家にはこないものを」と、不審に思いながらでてみれば、十六、七歳くらいの美女、浅黄小紋のかたびらに、くろおの帯をしめ、風呂敷づつみをもっている。

 

「わたしは、お屋敷のうち、中村平左衛門さまの方からことづかってまいりました。さぞ、おさびしくお暮らしになられていることでございましょう。これをさしあげましょう。」

 

と、右の風呂敷づつみをだしたのだが、またあとへ控え、

 

「わたしは煙草好きなのでございます。なので、お煙草すわせていただけませんか」といって、屋敷にあがりこむのです。

 

「僕は、タバコは吸わないのですが、ずいぶん煙草がありますから、どうぞすってください」と、丸い煙草ぼんにキセルをつけ、煙草入れにたばこをいれて差しだしてあげたら、やはり風呂敷づつみは僕の前において、たばこをすいながらいろいろな話をしながら、いろいろ尋ねて問うてみるうち、よく見れば、その雰囲気、手先や身のこなしまで、まことにこれが美人というものかと。

 

「これほどの美人なんて、このあたりにいようものなら、聞いたことがないなんてことはありえないだろう。そのうえ、この近隣のものであるなら、この頃のことを噂で聞きおよび、とてもじゃないが、女がうちの屋敷に来るなんてこともありえないだろう。近場のいい百姓の娘で、一家そろってやってきたものと思われ、それがこのあたりにやってきたことで、贈り物をとどけにこられたんだろう」と思いながら見るうち、いろいろのことをたずね、あるいは煙草のけむりを僕にふきかけたりしても、そしらぬ顔で居つづけたあげく、

 

「わたしは帰ります」と、あの風呂敷包みをよこに、「私は片便にきたのでございますから、この入れ物はまたお便りでお送りくださいませ」と言って帰るのを

 

「なかなか、いやあれほどの美女というものは見ることができない」と跡を追い、玄関にいき、覗き見れば、姿は見えず。どちらに帰っていったのかもしることができない。

 

それから屋敷にもどって、風呂敷づつみをあけてみれば、大きな重箱にこしらえたばかりの牡丹餅がたくさん入って、そのすみに白砂糖が二さじほども入っている。

 

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幸いなことに夕ご飯を炊いたばかりで何も食べずの状態なので、この牡丹餅をおおかた食べ、だから夕ご飯は結局食べなかった。

 

さて、そのあと、二カ月ほど過ぎて、脇善六がうちの家にやってきたとき、話しているうち、押し入れの前にその時の重箱と風呂敷が置いてあるのを、じっと見ていたのだが、もはや耐えられなくなって

 

「あの重箱は、風呂敷は、この家のものでございましょうか」と尋ねるので、

 

「うちのではありませんよ、それについては、いろいろ話もあるんです」と言えば、善六、

 

「あれはおおかた私の家の重箱、風呂敷でございます。先々月の二十日、私の母の里の祖父が一周忌でございましたので、親里では餅もつきましたのですが、せめて牡丹餅をこしらえて近所にもやり、親里にも遣わしましょうということで、親里に送るぶんを、格別、砂糖もたんといれまして、ほどなくして使いにだすよう思っていたところ、牡丹餅、重箱とも、いくら探してもなく、いろいろ尋ねてみましたが、見つかりませんでした。不思議に思っているうち、今日、あなたのお宅にまいり、見てみれば、さてさてよく似たもののあるのかと、だんだん気になって見ておりましたが、まずあなたへお尋ねしてみようと思いましたが、こちらのものではないということをおっしゃるので、さてさて不思議なこと」

 

そういって驚きいって、

 

「重箱、風呂敷は、のちほどとりにまいります」

 

と帰っていった。

 

その夜はいつもの頃、寝ていたところ、蚊帳の釣り手の四カ所がいっせいに落ちて、起き上がって釣っても、また落ち、また釣っても落ちるということで、そのままにしておき、寝たのです。

 

かたびら

かたびらとは

蒸し暑い日本の夏をしのぐために、古来人々は夏の着衣に工夫をこらしてきました。初夏から盛夏やがて初秋へ、移ろいゆく気候に応じて衣を替え、その季節ならではの装いを楽しんだのです。夏のきものといえば、単衣と帷子。いずれも、裏地を付けない単仕立ての衣料で、初夏と初秋に着用する絹地を単衣、盛夏に着用する麻地を帷子と称します。涼を得るために、色や文様にも工夫を凝らした夏のきものに、時節を楽しむ日本人の姿をご覧ください。

京都国立博物館 夏のきもの 単衣(ひとえ)と帷子(かたびら)

 

浅黄色とは浅葱色とはちがうの !?

浅黄色は 

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浅葱色は

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着物にすると、浅黄色に繊細な小紋の柄がちりばめられていれば、派手すぎるというわけではないけれど、とっても若々しく柄の色が生えるお洒落な着物になりますね。

 

まずご覧にいれる煙草盆

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煙管を持つ花魁(喜多川歌麿 画)|江戸ガイド

 

女性と煙草、というと、まずご覧にいれる煙草盆、といって遊郭を思い出すのですが、でも、考えたら、うちの家にも古風な煙草盆があり、家族の女性も吸っていたというのをばあちゃんからきいてびっくりしたことあります。うちはちなみに普通の農家ですが、農家の女性たちも、少なくとも知るかぎり明治頃には普通にタバコを吸っていたのです。

 

しかし、いきなり若い女性があがりこんで、たばこください、なんて、ちょっとびっくりですよね。

 

怪しすぎて、かんぜん最初から「もののけ」だとわかっているんだけど、着物から手先まで見惚れて、「まことにこれが美人というものか」と、たばこの煙を顔に降りかけられても、別にいやとも思わず、年頃はちかいし、玄関まで追っていくのである。

 

なんたって「浅黄小紋のかたびらに、くろおの帯」の美人ですよ、

気持ちわかるね。 

 

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