Sophist Almanac

世界について知りたいとき

簡単にできる、ファクトチェックのやりかた

Black Lives Matter

sophist.hatenablog.com

 

 

授業の前半はギリシア神話を、後半は VOA のニュースを読む授業があるのですが、その授業は学年ミックスのため、学生さんのコメントもとても読み応えあります。

 

トランプ政権がジョージ・フロイドさん事件後の激しい抗議活動を軍を配備して鎮静化させると宣言したりした関連のニュースなどに対しても多くのコメントが寄せられました。

 

コロナ渦でも、彼の死を悼み、こんな不条理にみんなであらがおうと世界中で声を上げた熱い運動だったことを思い出した。

 

銃社会はやはり問題が多いと感じた。

 

ジョージフロイドさんの事件は当時ニュースで聞いて衝撃だったことを」覚えています。一般の市民が不当な理由で警察官に殺されることは絶対にあってはならないことだと思います。

 

彼の死に対してアメリカ市民が抗議することは素晴らしいことである。日本もこれぐらいアグレッシブに行動すべきであると考えた。

 

当時 Black lives matterとして日本でも有名になりましたが、All lives matterという考えを発言した母親が彼らに射殺されたのを忘れられません。確かに革命の機運が高まっている方々にとっては満足のいかない考えかもしれませんが、それで命を奪っていいとは思いませんでした。Family says woman was shot dead for saying 'all lives matter' - New York Daily News

 

最後のコメントで、ちゃんとニュース記事のリンクまで添えてコメントしてくれた学生さん、All Lives Matter というカウンター・キャンペーンについては授業では言及していないので、とてもよく勉強していると思いました。

 

事件についてのファクト・チェック

 

しかし、どうなんでしょうか、この事件、ほんとに All lives matter という考えを発言した母親が BLM の「彼らに射殺された」のでしょうか。

 

なにかの社会運動に対し、ネガティヴ・キャンペーンとして拡散される、こうした事件や記事をどうファクト・チェックし理解したらいいのかという問題。

 

じつは日本でもよく見られる事例なので、

すこし時間がある時にやってみたいと思います。

 

ファクト・チェックの簡単なやり方は、まず、

➀ ジャーナリズムが検証して書いている記事かどうかを確かめる

➁ 各種メディアがどのように事件を記述しているかということを時系列にならべて確認することでより明確にファクトが見えてきます。その際

➂ 情報のソースを確認する

➃ 理論のすり替えや、過度に盛った (loaded) 記述がないか

➄ その記事がどのような読者層にどのように受容されているか

も、検証するための大切な要素になります。

 

まず日本ではこれはツイッターで拡散され、BLM の「行く先は多くの罪のない米国民への殺人、暴行、強盗などの犯罪だ」などと、かなりひどいコメントを大量に引き付けながら、拡散していきましたが、

 

この地域では数多くの銃撃事件が起きており、一週間前もちょうど同じ土手で殺人事件が起こっています。今回も犯人は、離れた橋から銃を撃っているので、犯人の目撃者はいません

 

多くの人々の関心は、

ジェシカさんを撃った犯人は BLM の活動家なのか

❷ 彼女が All lives matter と発言したから狙われたのか、

 

という二点にあると思います。

 

そこをクリアしなければ、ジェシカさんが All lives matter を主張したために BLM のメンバーから射殺された、と主張することはできないからです。


こうした事件をまずチェックするには、

 

まず最初に

ジャーナリズムの記事を調べる。

⑵ 大手メディアがあまり書いていないのであるなら、大都市のタブロイド紙よりも、

地元紙が地元の州警察から直取材しているので、こういう時には地元紙を中心にチェックします。また、

⑷ 海外の Snope などのファクトチェック機関がどう調査し判定しているかもチェックするといいです。

 

⑴ ジャーナリズムの記事

主要メディアが扱った記事はほとんど見られない。

 

タブロイド紙

2020年7月13日 New York Daily News

Family says woman was shot dead for saying 'all lives matter' - New York Daily News

ニューヨーク拠点のタブロイド紙ジェシカさんが「標的」にされたかもしれないという可能性について書いている。夜中の3時頃、ジェシカさんのグループの1人が人種差別的言葉 (N-word) を投げかけた後、彼らは別グループと口論となったことなどが、その場に一緒にいた彼女の婚約者ラミレスさんの証言 (のみ) に基づき記載されています。彼女は All Lives Matter と叫んだ。両方のグループが銃を持っており、いったんは別クループは去っていったが、その後、橋の場所に来た時、彼女は撃たれた。ラミレスさんは自分も相手方に銃を撃ったと証言しています。

 

⑶ 地元紙

2020年7月23日 Indianapolis Star

Jessica Doty-Whitaker: What we know about the shooting along the canal

州警察などに取材して詳しく検証した記事を読むには、このような地方紙が一番です。インディアナ州の地方紙、インディアナスターが、わかるかぎりのファクトを忠実に検証しています。

事件は夜中3:30分前頃、この運河の岸辺でおこった。この場所では一週間で二度も殺人事件が起こっている。殺人警察は監視カメラを公開し、橋から銃撃したという人物などの情報を求めている。

またこの事件をうけ、州議会議員に立候補したことのあるキリスト教保守団体「God Says All Lives Matter」の主催 Mark J. Powell が Black Lives Matter に反対するグループを結成し、集会を企画している。彼は BLM をマルクス主義の前衛組織と呼び、大統領選挙の際に、BLM は国を「不安定にし、分裂させる」ために人種を使用していると非難しており、また BLM 運動主催者らを「ウジと寄生虫」と呼んだことで停職に追い込まれた (教会の牧師としてのポジションを追われた) セオドア・ロスロック牧師らと一緒に活動している。

 

この悪質な殺人事件が BLM へのカウンター活動のシンボルとして極端にキャンペーン化される一方、では、ジェシカさんが All Lives Matter と主張したために BLM の活動家によって狙われ殺害されたのか、は、まったく明らかではありません

 

インディアナスターのその他の記事にも見られるように、殺人事件が頻繁におこっている運河沿いの場所で、夜中の3時に、ジェシカさんを含む二つのグループがいて、ジェシカさんらのグループの人種差別発言 (Nワード) を発端に口論となり、双方とも銃を持っていたしていたというのも、単純に、運河ぞいで BLM や、BLM に抗議する All Lives Matter の集会をやっていた、というような状況ではないことがわかります。

 

しかし、もっとたいせつなことがあります。

 

論点のすり替えはされていないだろうか、ということです。

 

BLM は、警察暴力による犠牲が積み重ねられている現状で、黒人の人たちを標的にすることに対して厳しく対処をもとめる運動です。

 

実際には日々、多くのアフリカ系の罪のない人が殺され、また BLM の活動家も殺されたりしている中で、関連性の明らかではないインディアナ州の事件をひとつ例に出して、「だから BLM はだめなんだ」というキャンペーンが、日本のネット界隈にまで拡散する事情は、背後に一体どんな力関係が働いているのでしょうか。

 

wired.jp

 

事件は日本でどのように拡散され受容されているか

➄ その記事がどのような読者層にどのように受容されているか

地元紙インディアナスターがしっかりとした記事を出しているにもかかわらず、タブロイド紙のタイトルや都合のいい箇所だけを訳出し、煽情的に煽ることで、日本でも BLM のネガティブキャンペーンとして利用されています。

 

f:id:classlovesophia:20211219034153p:plain

西村幸祐 on Twitter

 

さて、この方は、右派系のネット番組などで活躍されている有名な方ですが、また、かつて、慰安婦像に関して、こちらの方がリアルな現実だとして、股を大きく開いて股に手をおく少女像を拡散し問題になったこともある方です。また、産経新聞「都内11区が防災演習協力拒否」誤報はどうして起きたのか、でも、誤報の発信源の一つとなっています。

 

さて、氏は、トランプ大統領を支持し、BLM の「行く先は多くの罪のない米国民への殺人、暴行、強盗などの犯罪だ」と主張し、例としてこの事件をあげていますが、

 

このようなミスリーディングな発信が、どのように日本のなかで受容されているのか、コメント欄をみるだけでもわかるでしょう。

 

レスポンスの典型的な一例 ⇩

 

このようなレスポンスが、数多く書きこまれ、日本でも纒記事などになっています。

 

人間は見ず知らずの他者を理由もなく差別したり憎悪したりする存在ではありません。人間の歴史をひもといてみれば、差別や憎悪の背後には、必ず、誤情報やミスリーディングな情報の拡散が意図的に行われています。

 

ミスリーディングな情報の拡散 → 無恥と偏見の増長 → 憎悪と差別の再生産

 

それは必ずしも、過去の戦争時代のことではなく、いまも、私たちはこうした、抑圧や憎悪や差別のための誤情報の拡散を、ネットなどにみることができます。

 

なぜ All Lives Matter ではないのか

いくらおしゃれな服で装っても、中身が洗練され知的でなければ、たんに外見を飾り付けただけになってしまいます。その点、アメリカのファッション誌の記事はかなり良質なものが多いので、意識して読んでみましょう。

 

バザール誌 (Harper's Bazaar) の記事から

 

f:id:classlovesophia:20211222042254p:plain


コロンビア大学法学部のキンバール・クレンショー教授(Kimberle Crenshaw)が説明するように、「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」は“単なる熱望”である。白人と比較して、黒人は武装していないときに警官に殺される可能性が2倍高いことを示す統計的データの転換を求める叫びなのだ。 2015年の調査によると、アフリカ系アメリカ人は100万人あたり7.2人の割合で警察官の手によって亡くなっている。しかし白人が殺されているのは、100万人あたり2.9人の割合に過ぎない。

・・・

 

“無視する贅沢”を選んできた白人コミュニティ

大西洋を横断した奴隷貿易以来、米国における公民権と黒人の置かれた状況についてどのような心情でも寄せていれば、誰でも黒人保護を強調する必要性を理解するだろう。この問題に対して、“無視する贅沢”を選んできたのは大規模な白人コミュニティだ。彼らの人生では肌の色によって生活に影響を及ぼすことはない。

 

しかし、「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」ムーブメントが出現すると、彼らは突然、人種と生存する警察が衝突するという認識に衝撃を受けた。このような運動が必要になる理由を探る代わりに、多くの人が無条件反射的に反応する。 「私はどうなるの?」「すべての命が大切だ」と叫ぶ。

 

「なぜ分裂的で不公平なのか、私たちの安全はどうなる?」。これらの人々が見落としている点は、すでにアメリカの中心にいて重要なのは白人であり、その安全性は確保されているのだ。国はそのように機能するように建国された。根本にあるのは白人至上主義で、有色人種に対する懸念は置き去りにされたのだ。

 

今日も、オスカー・グラント(Oscar Grant)、ミシェル・クソー(Michelle Cusseaux)、サミュエル・デュボーズ(Samuel DuBose)、そしてジョーダン・エドワーズ(Jordan Edwards)などの黒人へのひどい残虐行為や殺人事件の数々を見て、多くの人が「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」を説得することを願っている。

 

「All Lives Matter(すべての命が大切)」というフレーズで「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」に対抗する問題の話に戻ろう。私はこれを白人コミュニティによる集団的なガスライティングと表現するようになった。ガスライティングとは、個人や団体がより多くの力を得るため(またはこの場合、自分の平和を保つため)、被害者の現実に疑問を抱かせる心理的虐待の一種だ。

 

なぜ「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」ムーブメントに反対する人々は、警察による残虐行為、医療の人種差別、大量投獄のような際立った不釣り合いな統計に黒人が気付いていないように振る舞うのだろうか。これが私たちの現実。あなた自身の居心地の良さのためにそれを無視することを決めたとしても、それは真実ではない。

 

事故の後に救急車で搬送されてきた患者が折れた脚を指して、「これが今重要なんだ」と言ったとしても、医師はほかの擦り傷とあざを見て「しかし、すべてが重要だ 」と反論したとすれば、なぜもっとも危険にさらされているものを助けることに緊急性を示さないのか疑問に思うのではないだろうか。

 

衰退している地元の図書館のためのコミュニティ募金活動で、となりの都市の群衆が「すべての図書館が大切だ!」と怒りを込めて怒鳴るのを見かけることは決してないだろう。十分に資金が提供されているところでは特に。

 

それは、社会のなかでの最大の痛みと保護が不足している部分がケアされると、システム全体が利益を得るという根本的な理解があるからだ。何らかの理由で、アメリカの白人コミュニティは人種差別に対抗するのではなく、人種差別に対して設定した盲目者を調整したがる。そうすることで、国が万人のために真の正義に向かって前進できるようにしている。

 

「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」と発言することは、ほかの命は大切ではないということにはならない

はっきりさせておこう。「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」という私たちの主張は、ほかの命が大切ではないということにはならない。もちろん、すべての命が大切だ。それは言うまでもない。しかし、「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」という言葉に白人が非常に動揺しているという事実は、白人の終焉がない限り、黒人の幸福と暮らしを中心に置くことはできない、という証拠だ。

なぜ「All Lives Matter(すべての命が大切)」と言うのをやめる必要があるのか|ハーパーズ バザー(Harper's BAZAAR)公式

 

ファッション誌「エル」の記事も素晴らしい。

 

どのように「マター」がすり替えられているか、ビリー・アイリッシュさんが説明してくれています。

 

f:id:classlovesophia:20211222042212p:plain


「もし友達が腕を怪我したら、”すべての腕が大切”だからって誰かがその友達にバンドエイドをあげるのを待ってるの? 違うよね。友達を助けるよね。だってその友達は痛がっているし、助けが必要だから。血を流しているんだから。もし誰かの家が燃えていて、家の中に人がいるって言われても、あなたは消防士に先に他の家に行って、って言うの? ”すべての家が大切だから”って。違うよね! だってその人たちには必要ではないから。好きだろうと好きでなかろうと、白人は最初から特権を与えられている。社会は白人というだけで特権を与える。貧乏でも苦しんでいても、肌の白さだけで他の人より特権がある。白人は肌の色のせいで、自分が意識しているよりも特権を受けている。誰も肌の色で特権を受けていることについては言わない。肌が白いだけで、命の危険を感じずに生きることができる。あなたたち白人は特権を受けているんだよ!」。

ビリー・アイリッシュ、”すべての命が大切”を批判「白人には最初から特権がある」

 

そう。

 

熱帯雨林をまもろう」と声を上げる人たちに、「あほくさ、すべての森が大切だろが」とか言う人たちは、ほんとうにすべての森を大切にする心があるのでしょうか。

 

すべての森が大切、という美しい言葉は、このコンテキストでは、森を守らないための言い訳でしかないのです。

 

 

www.vox.com

 

 

声をあげている人を攻撃するために、日本でもおおくの偽情報やミスリーディングな記事が拡散されることがあります。

 

例えば日本政府が沖縄で米軍基地や自衛隊基地の建設を強行しているなか、近年、日本で膨大に拡散されているのが、各種の沖縄に関する偽情報で、これは枚挙にいとまがありません。

 

一例として、沖縄県名護市の市長選の最中に激しく拡散された産経新聞「米兵日本人救出」の記事は、米兵が日本人を命がけで救出した件を報じない沖縄の地元紙を「報道機関を名乗る資格はない」「日本人として恥だ」などと罵倒するものでしたが、選挙がおわって数日後産経新聞誤報であったことを謝罪しました。検証の結果、その記事が実は警察にも取材しておらず、フェイスブックなどからの情報をもとにしたものでした。記事を書いた記者はその後、更迭されています。

 

www.qab.co.jp

 

「米軍がらみの事件・事故が起きればことさら騒ぎ立て、善行に対しては無視を決め込むのが沖縄メディアの常」(紙面)などと批判し、ネットではさらに「報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」と断じた。

産経新聞はなぜ間違ったのか~沖縄メディアを叩いた誤報の真の理由(江川紹子) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

またよく拡散されるパターンでは、米軍は沖縄に貢献している、ゴミ拾いなどのボランティアをしているのに沖縄地元紙は悪口ばかり言う、という SNS 拡散があります。

 

私たちが在沖米軍の現実や歴史をほとんど知らない状態で、米軍の人たちの「素晴らしい活動」情報とセットでバンドルされた沖縄批判を受容すれば、私たちの認知バイアスは、すぐに、そうだよ、なんで沖縄は米軍基地の批判ばかりしてるんだよ !  おかしいよ ! に傾いてしまいます。

 

歴史の知識がないと一部の情報だけで簡単に「誘導」されてしまう

琉球処分 (1872) - 沖縄戦 (1945) -米軍統治 (1972) - 現在 (2021) にわたる長い歴史と日米地位協定の諸問題の知識、米軍基地に関する汚染放置問題や米兵犯罪など数多くの歴史と連続して、今の深刻な状態があるという現実を見過ごしているならば、そのような小さな投稿で一気に読者を沖縄ヘイトにまで誘導することも簡単なことです。

 

米軍の広報として行われている活動であることを理解する

また実際、米軍のゴミ拾いなどのボランティアは、駐留する海兵隊が、地元の融和政策と情報戦と兵士の福利厚生をかねて、海兵隊主催で行っているもので、それを写真を撮って拡散することは、米軍の「広報」として行われています。それで、米軍が地元に押しつけている膨大な廃棄物や汚染物質の深刻な被害と、日本の国民が負担する米軍クリーンアップ費用の膨大さをぬきにして、たまに開催される米軍ゴミ拾いボランティアに感涙するのは、大間違いどころか、ある意味で米軍の情報戦にまんまと便乗しているようなものです。

 

このような情報戦に煽られないように、あれ !? と思ったら、自分の認知バイアスが呼び寄せる SNSアルゴリズムの枠から離れ徹底的にファクト・チェックし、安易に煽られないようにいたしましょう。

 

まずは、身近にあふれるネットの情報をうのみにしない、ちゃんと世界のジャーナリズムの記事を読んでいく、というのが基本です。

 

❒ ❒ ❒ ❒ ❒ ❒ ❒ ❒ ❒ ❒