Sophist Almanac

世界について知りたいとき

1749年7月1日 稲生もののけ物語 ~ 毛だらけの巨大な怪物の腕につかまれる !!!

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「芸州武太夫物語絵巻」(立花家史料館蔵)

 

稲生もののけ物語、『稲生物怪録』(いのうぶっかいろく)は、江戸中期、寛延2年(1749年)の備後三次(現在の広島県三次市)のひとりの少年が経験した一か月にわたる物の怪との出会いをまとめた記録。稲生武太夫(幼名・平太郎)が体験したという、妖怪にまつわる怪異をとりまとめた記録。毎日毎日、飽きることなくいろんな「もののけ」がやってきます。

 

まず最初の日もとんでもないことがおこります。

 

1749年7月1日 巨大な怪物につかまれる 

怪奇の始まりは旧暦の7月1日。新暦の8月13日のことでした。そういえば、今だとこの日はお盆の迎え日じゃないですか。

 

『三次実録物語』現代語訳

寛延二年、己巳 (つちのとみ) 年七月一日、夕方から小雨が降り、夜にはいっても鳴神がとおくにきこえ、さほど雨はひどくはないが、やはりいつもの通り、相撲などとっているところにいって、九つ時前にみんなみんな帰っていった。私も権平も帰宅して、毎晩いつものとおり帰ると、戸棚の飯つぎをとりだして、手の平にとって食べてから、すぐに横になったのたが、いつもよりくたびれて、枕をつけてねればすぐに寝入るだろうと思うのだが、いっこうに目が澄んで、ねむたいのに寝ることができない。ほんとうにくたびれすぎて寝られないのだろうと思っていたところに、権平が言うには、

 

「私は今晩、ことのほか、なんとなくおそろしく、いっこう、ここに寝ることができないでいるのです。なにとぞあなたさまの蚊帳のはしにでも寝させてくださいませんか」と。

 

「それはぜんぜんいけないよ、(屋敷に) わずかの人間がひとつのところに寝てしまうのは不用心だよ」

 

と言えば、それでも、しつこくしがみつくように、

 

「あたまの毛がたち、恐ろしくございます。なにとぞ、頭だけでも蚊帳の中にいれさせてくださいまし」というので、

 

「そんなことはできないよ、お前が恐ろしいと思うのは毎晩のことじゃないか、相撲でくたびれすぎて、寝ることができないだけなのを、それを恐ろしいと思っているんだよ。こちらもいつもと違いなかなか寝ることができないのだ」

 

と言ううち、目の前の二枚の障子が、ほんとうにたいまつでも打ちかけたように赤くなり、やれ、軒でも焼けてしまったのか、と枕をはずせば、すぐに真っ黒になり、そしてまた赤くなり、障子が大きな音がする。

 

「やれ、あかりをつけてくれ」と叫ぶんだけど、権平は念仏を二回三回と唱えて、どうしてもなにも言わない。屋敷が鳴りひびき、がたがたとなり、赤くなったり、また黒くなったりするので、弟に布団をうちかけておいて、

 

「ほれ、あかりをとぼそう」と思って蚊帳からでて、「まず、障子を開けてみよう」と障子に手をかけて開けようとするのだが、外から力がかかって開かない。だんだん障子の枠が折れても開かない。ふちに手をかけ、たてつけの柱を踏んばって、無理に開けようとすると、障子が砕けてはずれてしまった。

 

そのまま私の両肩と帯をにぎって、空中に引っ張り上げる。むこうにはずいぶん上に、牛ならば五・六匹ほどの真っ黒の姿に、扇の長さのまなこが、たてに長くみえ、その光はたいまつを振るがごとく。また、まなこが隠れて見えない時には真黒くなり、その場所から、ひとかかえほどの髭のある手に握られ、すばやくえんがわまで知らないうちにひきずられたのだが、縁柱をしっかりとにぎったので、柱や家までも動き、引きたおそうとする。

 

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稲生物怪録絵巻』(堀田本 三次市)

 

「おい、刀を持ってこい」

 

と、声をかぎりに叫ぶんだけども、権平も近所の者もこない。まことに汗は五体にふきでて、濡れ手ぬぐいを絞ったかのようで、だんだんと、自分も右の手で、ひっかいたり、つねったりするのであるが、向こうは石に毛のはえたようなものであるので、すこしもこたえていない。そのうち、にわかにまた引っ張られ、柱にしっかりとしがみついて離れなかったら、着物も肩からちぎれ、帯も切れ、その拍子に私はあおむけに倒れた。すぐに飛びおきて、枕もとの刀を引きぬいて向かったのだが、相手はすぐにぺったんこになり、床下に渋紙を引きずるような音をだして這いずりこんでいった。右目の光る目の玉が床の下の奥にみえた。

 

私も少し床下に入ったのだが、なかなかあの固い「けだもの」は横に突いても刀はたたないだろうと思い、上から畳をあげて座板のあいだから刀でついてやろう、とただちに駆けあがるとみると、弟が寝ている畳だけをのこして、どこもかしこも畳一枚も無くなっている。座板のあいだからどんどんと刀をついていのだけれども、いっこうに土ばかりを突いている状態で、どこにいるのかもわからない。

 

そんなとき、(近所の相撲取りの) 権八が抜身の刀をもってかけてきた。

 

「さてさて何事でございますか、火をとぼせ、刀をのぞけよ、と叫んでいらっしゃるのがよく聞こえていたんですが、私も相撲場から帰り、すぐに蚊帳をつり、横になっていたところ、格別に恐ろしくもない、十歳ばかりの小坊主で、目の一つあるものが、手に白い天目 (茶碗) を持ち、私のまわりを二・三遍まわるのです。さて、それからおそろしくなって、さあ、あちらにいこう、と脇差を持とうとしたところ、五体がすくみ、手足が動かず」

 

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権八のまわりをまわる天目を持った一つ目小僧「芸州武太夫物語絵巻」(立花家史料館蔵)

 

 

「ここが大事、と心をおさめようとしたので正気を失いはしませんでしたが、いっこうに手足は感覚がなく、そのうち、あなたのさけんでおられる声がうちの家にも響き、大いにきこえるのです。ぜひとも来ようと思っていたのですが、このようなことでございましたので、やむおえず来ることができなかったところ、あちらがわで騒動の音がやんだのを機に、ようよう手足が動くようになったので、ようやくまいってきたのですが、いかようなことでこざいますか」

 

というので、

 

「まず、そのことは後で話します。権平が、宵の口には私の蚊帳に入ってねさせてくれと何度も頼むのですが、それから騒動になってしまい、念仏を唱える声が二・三口聞こえていたものを、「あかりをとぼせ」と何度も呼びかけたものの、返事がない。また、「刀を持ってこい」といったけれども、いっこうに返事がない。畳がのこらずあげられ、座るところもなく、台所にも寝どこにも、蚊帳もなく、畳もなくなってしまったので、はやく明かりをとぼして権平の居場所を確かめたくございます。はやく明かりをともしてください」

 

といって、火をともしてみれば、庭のはしりの下に畳三枚が落ちて重なっている。畳をあげてみれば、そのしたに、うつむきに焦げ死んだような姿勢で見えるものを、権八がしっかり抱きあげたのに、顔に水をふき、それから気付けをとりだし、飲ませようとしても、歯を食いしばって口を開けないので、小刀で歯を割って、権八が水をもって流し込んだところ、少し喉にとおったのか、ほどなくして、意識が戻ってきたけれど、ふぬけのように、何も言わない。

 

それから権八が畳を探しだしてきて、まず一間だけ畳をしき、「そのうち、きがつきましたら」と帰っていった。

 

ほどなく夜明けとなり、私は宵の口からぜんぜん寝ることができなかったので、少し寝ていたところ、徐々に権平に意識が戻ってきて、

 

向こうにいって、

 

「詳しいことはわからないのですが、」と、まず騒動のことを伝えにいって「新八殿に知らせにいけ」といわれ、中山氏のところにいって、あらましを伝えると、源太夫、新八も驚き、急いでやってきて、そのほかもおいおい、一族がやってきた。

 

それから権平がすぐに休暇を願いでたのであるが、代わりのひとがきたならば、ひまをつかわすよ」といった。弟は中山家に預け、権平は日が暮れる前に宿屋に遣わして、明日はそうそうに戻ってくるんだよ」といっておいた。

 

さて、私も一族のところに一緒に身を寄せるように、みながいうのであるが、私は

 

「なにぶんにしても、いくことはできません。すこしのことを恐れて家を空けた」と人がいうのも悔しいじゃないですか、どうしても、わたしだけは家を出たりはしません」といった。

 

新八も病気なので、ほどなくまた中山にいき、そのほか、一家は見合わせてだんだんと帰っていった。

 

権平も三日間ほどは日中に通って務めに来ていたが、病気だといって、いっこうに来なくなってしまった。それから権八が食事を作ってくれるということで、(屋敷で) 一人で暮らすことになったのです。その他に人々がやってきたことは省略します。

 

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《稲生物怪録》- 三次の妖怪物語 - | 三次もののけミュージアム

 

なぜ一つ目小僧は白い天目茶碗を持っているのか

 

まじ、赤い火が黒くなるのは、怪物が瞬きしていたから。