オルト・ライト ( 2 ) - トランプ選対本部のトップを務めた極右ニュースサイト「ブライトバート」会長スティーブ・バノン
2008年の大統領選挙で、アメリカ史上初のアフリカ系アメリカの大統領バラク・オバマが誕生した時、人々はポスト・レイシャル (post-racial) な時代、つまりアメリカの人種差別はもう過去のものとなったのだという認識を持ちました。
しかし、それが全くの勘違いであったことを、8年後の大統領選挙トランプの勝利でもって人々は知ることになります。
いったい、あの昔からの名物男ドナルド・トランプを大統領に押し上げた動きとは何だったのか、それは新しい時代の新しい動きなのか、ポストオバマの民主主義はどう変わっていくのか、
わかりやすいので読んでみよう。
<トランプの大統領選と共にアメリカ政治の表舞台に登場してきた白人ナショナリズムの新しい極右勢力「オルト・ライト」は知識層の間で生まれ、移民受け入れや多文化主義でリベラルに譲歩し過ぎた社会を巻き戻そうとしている>
ひと昔前までアメリカの極右の活動家というと概して無名で、ほとんどがネット上のサブカルチャー的な扱いだった。ところが今年に入り、白人ナショナリズムの右翼運動「オルト・ライト(オルタナ右翼)」と呼ばれる極右勢力がアメリカ政治の中心へと躍り出た。
オルト・ライトの活動家たちは、米大統領選ではドナルド・トランプの最も熱狂的な支持者となった。右派ニュースサイト「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」のスティーブ・バノン会長は7月、自分たちは「オルト・ライト運動のプラットフォーム」だと語り、8月にはバノン自身がトランプ陣営の選挙対策本部の最高責任者に任命された。バノンは来年1月に発足する新政権で、首席戦略官・大統領上級顧問としてホワイトハウス入りを果たすことがすでに決まっている。
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長年アメリカの極右勢力の動向を研究してきた私も、今回の運動はかつてなく勢いづいていると感じる。彼らに批判的な立場の人々にとって「オルト・ライト」という呼称は、白人によるナショナリズムや、ネオナチと白人至上主義に結びつく有害なイデオロギーを表す暗号に過ぎない。だが運動は極右の活動家や知識層を巻き込み、見かけ以上に複雑なニュアンスを含んでいる。
果たしてオルト・ライト運動は数年でどうやってここまで躍進したのか。トランプが勝利した今、彼らはアメリカの政治を変革できるのだろうか。
運動を主流に変えた
オルト・ライトの支持者には白人のナショナリストだけでなく、個人の自由を尊重する政治思想「リバタリアニズム」や、男性の権利、文化的な保護主義、ポピュリズムを信奉する人々も含まれる。
比較的新しい運動だと思われがちだが、その起源は、白人のナショナリストが様々な運動を展開した数十年前まで遡る。この種の組織は歴史的に見ても主流の枠外へと追いやられ、メインストリームの文化、ましてや公共政策などには全く影響力を及ぼさなかった。ただし一部の最極右の過激派は、長年にわたり革命を標榜していた。
反ユダヤの白人至上主義を掲げる「アーリアン・ネーションズ」や「ホワイト・アーリアン・レジスタンス」、「創造者世界教会(WCOTC)」といった団体は、「シオニスト占領政府(ZOC)」に反対して人種革命を起こすと息巻いてきた。そうした群衆の多くは、アメリカの極右活動家ウィリアム・ルーサー・ピアースが近未来のアメリカの人種間闘争を描いて1978年に出版した小説『ターナー日記(Turner Diaries)』に感化されていた。1995年にオクラホマシティ連邦政府ビルの爆破テロの犯人ティモシー・マクベイは、警察から拘束された際に同書の一部を所持していた。
だが極右主義者の訴えは大半の人々の心には響かなかった。それどころか9.11テロ以降は革命を扇動した極右の指導者の多くが、新たに制定された反テロ法(米国愛国者法)の下で起訴され刑務所に送られた。2000年代半ばまでに、極右の勢いはどん底まで落ちたかに見えた。
その穴を埋めたのが、リチャード・スペンサーをはじめ、極右のなかでも知識層が結集した新しい組織だった。
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2008年に初めて、保守派の政治哲学者ポール・ゴットフライドが、主流派の保守主義を拒む反体制派の極右イデオロギーを指して「オルタナティブ・ライト」という言葉を使った。ゴットフライドはそれ以前にも、後に共和党の中心勢力となった「ネオコンサバティブ(新保守主義)」と距離を置くために「ペイリオコンサバティブ(旧保守主義)」という造語を生み出したことがある。
米レグネリー出版社の創業家出身で資産家のウィリアム・レグネリーは2005年、白人ナショナリストのシンクタンクとして「国家政策研究所」を設立した。11年、若くして極右の新星となったスペンサーが所長に就任した。その1年前、彼は「オルタナティブ・ライト」というウェブサイトを立ち上げ、オルト・ライト運動の急先鋒になった。
当時、スペンサーはオルト・ライト支持者の間で「カックサバティブ」という用語を流行らせた。この造語は、合衆国憲法や経済市場の自由化、個人の自由など、真っ先に抽象的な原則を取り上げようとする「裏切り者」の保守派を指した呼び名だ。
一方でオルト・ライトは国家や人種、文明、文化といった概念をより重視する。スペンサーは白人によるナショナリズムを正当な政治運動の地位へ押し上げることに注力した。白人の優位性にはあえて触れず、他の人種から隔離された白人の故郷創設を訴えている。
異なる勢力がひしめく
アメリカの白人ナショナリストにとって、主要な関心事は移民問題だ。彼らは出生率について、第3世界から来た移民の割合は高く逆に白人女性は低いと指摘し、放置すれば卓越した民族としての白人の存在そのものが脅かされてしまうと主張する。
だが白人と他人種の人口比率の逆転という問題でさえ、白人ナショナリスト運動のなかで見解は一致しない。より上流階級にあたる勢力は、白人が自分たちの利益を守るのに必要なある種の図々しさを失ったために、時代の流れとともに出生率の低下に至ったのだと議論する。
対照的に、陰謀論に傾倒する一部のグループは、白人をマイノリティに貶めるためにユダヤ人が仕組んだ罠だと示唆する。ユダヤ人の狙いは、歴史的に最も強力な白人という「敵」を弱体化させ、単なるマイノリティへと極小化させることだという。
ユダヤ人陰謀論の代表的な論客が、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の元教授で心理学者のケビン・マクドナルドだ。1990年代半ばから終わりに出版した3つの関連著書で、ユダヤ人と反ユダヤ主義者の集団行動を解明する「進化心理学」に関する仮定を発展させた。
マクドナルドによると、反ユダヤ主義が生まれた背景には、ユダヤ人が不正を働いているという神話以上に、ユダヤ人とキリスト教徒など非ユダヤ人の間の現実の利益相反があったとする。そのうえでユダヤ人の知識層や活動家や指導者らは、非ユダヤ人社会を人種や民族、性別で分断させたいのだとする持論を展開した。あれから四半世紀が経ち、マクドナルドの研究は白人ナショナリストのオンラインフォーラムで普及、称賛されている。
インターネットで影響力を拡大
当初は限定的だった白人ナショナリストの影響力がより広範囲に及ぶのを可能にしたのが、ネット上のサイバー空間だ。4chanや8chanのような匿名のネット掲示板(日本の2ちゃんねるにあたる)をはじめ、破壊的で閉ざされた言論空間が幅を利かせたことで、若年層の白人ナショナリストたちがコメントや画像を匿名でシェアや投稿できるようになった。米紙USAトゥデイやワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズなど主流のニュースメディアのサイトですら、記事や執筆者に対する匿名の誹謗中傷(トロール)が横行している。
さらに重要なのは、新しくネットに出現した新興メディアが主流メディアに戦いを挑んでいる点だ。代表格として保守系ニュースサイトの「ドラッジ・レポート」や陰謀論を扱う「インフォウォーズ」などが挙げられるが、最も顕著なのが「ブレイトバート・ニュース」だ。
政治と文化の両方に影響を与える保守系メディアを目指し、アンドリュー・ブレイトバートが2007年に設立。ブレイトバート自身は、アメリカの保守勢力が移民問題や多文化主義、政治的な公平さを表す「ポリティカル・コレクトネス」などの分野で譲歩を重ねてきたのが不満だった。2011年には、「政治はまさしく文化の下流になり下がった」と記した。
ドナルド・トランプが大統領候補になったことで、白人ナショナリストを含めまったく共通点のなかった集団が、一人の候補者を中心に団結できた。ただしオルト・ライト運動が持つイデオロギーの多様性を考えると、彼らを白人至上主義のナショナリストとして一括りにするのは重大な過ちだ。
<オルト・ライトの有名人>
Clockwise, from left: White nationalist William Pierce, domestic terrorist Timothy McVeigh, white nationalist Richard Spencer, British journalist Milo Yiannopoulos, professor Kevin MacDonald, and Breitbart News founder Andrew Breitbart. Nick Lehr/The Conversation, CC BY-NC-SA
■ スティーブン・バノン(1953年生まれ)
2016年8月より米大統領選でトランプの選挙対策責任者。来年1月から始まる新政権では、首席戦略官と上級顧問を務める。バノンの前職は極右サイト「ブレイトバート・ニュース」の会長。政権入りに合わせ、ブレイトバートは辞める予定。オルト・ライトともつながりがあると言われるが、バノンはオルト・ライトという言葉を笑い飛ばす。ハーバードビジネススクールでMBAを取得し、ゴールドマン・サックスで働いていたこともる。
■ ウイリアム・ピアース(1933-2002)
白人ナショナリスト団体「ナショナル・アライアンス」の創設者。アンドリュー・マクドナルドのペンネームで、連邦政府転覆の戦いを描いた「ターナー・ダイアリー」を執筆。「人種差別のバイブル」と呼ばれる。物理学教授として教鞭をとっていたが、その後ネオナチ・白人至上主義的な政治活動に関与。
■ リチャード・スペンサー(1978年生まれ)
白人至上主義を広めたアメリカの白人ナショナリスト。白人ナショナリストのシンクタンク社長。ナチスのプロパガンダをよく引用し、ユダヤ人を非難するが、自分はネオナチではないと言っている。2016年米大統領選でトランプが勝利した後、彼と彼の支持者は「ハイル・トランプ、ハイル・わが人民、ハイル・わが勝利」と言いながらナチス風の敬礼をして世間を騒がせた。■ポール・ゴットフリード(1941年生まれ)
リチャード・ニクソンを始め保守派の政治家に多くの知己をもった政治哲学者。オルト・ライトの語源ある「オルターナティブ・ライト」という言葉を作った。アメリカの右翼政治のなかで発展したものをオルト・ライトと呼ぶのは、白人ナショナリズムや白人至上主義を覆い隠して社会に受け入れられやすくするものだと危険視された■ケビン・マクドナルド(1944年生まれ)
心理学者。ユダヤ教は他の宗教や民族に勝ち抜いて生き抜く力を増進するためにある、と独自のユダヤ人進化理論を提唱した。オクシデンタル・オブザーバーという白人向けの雑誌を編集し、名誉棄損防止組合から、極右知識層の反ユダヤ思想の中心的な声になっていると批判された。
■マイロ・ヤノプルス
イギリス人ジャーナリスト、起業家、ブレイトバートのハイテクエディター。資料:wikipedia
確かに、ブレイトバート・ニュースは白人ナショナリストの間で人気だ。だが、このサイトは断固としてイスラエル支持の立場を取っている。開設当初から、アンドリュー・ブレイトバートやラリー・ソロフ、アレクサンダー・マルロー、ジョエル・ポラック、ベン・シャピロ、マイロ・ヤノプルスなどのユダヤ系が中心となり組織を導いてきた。なかでもヤノプルスはここ数カ月、各地の大学のキャンパスで演説に繰り出すなど、大学で展開する運動の広報担当として躍進した。一方で彼は「ユダヤ人のハーフ」を自称するカトリック教徒で、黒人のパートナーを好みつつ華麗な男性遍歴を持つ同性愛者だ。
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そもそもこの運動を勢いづけた移民問題やアメリカ経済の低迷、ポリティカル・コレクトネスに対する不安は、トランプが大統領選への立候補を表明するかなり以前から叫ばれていた。政治学を研究するフランシス・フクヤマが指摘したように、問うべきなのは、なぜポピュリズムというブランドが2016年に突然人気を得たのかではなく、なぜ台頭にこれほど長い時間を要したのかという点だ。
今後も支持を集めるか?
大統領選でのトランプの躍進は、今後数年アメリカでオルト・ライトが影響力を発揮する可能性を浮き彫りにした。今月19日に行なわれる選挙人投票でトランプの勝利はほぼ間違いない。だがいくつかの激戦州では僅差の勝利だったことを考慮すると、オルト・ライトを含めた多方面からの支持が選挙結果に極めて重要な役割を果たしたといえる。
事実関係は定かでないが、共和党予備選や大統領選で最も熱心にトランプの票集めに動いたのはオルト・ライトだったと指摘する声もある。トランプ陣営は、運動のメンバーにトランプとの面会の機会も提供していた。
大統領選の直後、スペンサーはトランプの勝利について「白人のアイデンティティーを取り戻す政治に向けた第一歩であり、最初の舞台だ」と言った。バノンがトランプの首席戦略官・大統領上級顧問に任命されたのを受けて、極右グループがホワイトハウスを侵食するという危惧が現実になったという見方も一部にはある。
だがもしトランプが「メキシコとの国境に壁を造る」など、選挙戦で最も売りにしてきた公約を実現できなければ、オルト・ライトの期待は幻滅に一変するかもしれない。
昔ながらの白人ナショナリストの運動と異なり、オルト・ライトは特定の言葉や思想的因子、シンボル、多数のブログや主流派と一線を画すメディアを含めて、自分たちの世界だけで持続可能な反体制文化を生み出そうと取り組んできた。
今や一定の群衆から支持を集めて存在意義を示したことからも、これからオルト・ライトはアメリカの政治で足場を固め、勢力を拡大しそうだ。
George Michael, Professor of Criminal Justice, Westfield State University
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.